関口 康
20世紀中盤のオランダ改革派教会(Nederlandse Hervormde Kerk)の神学者アーノルト・アルベルト・ファン・ルーラー(Arnold Albert van Ruler [1908-1970])の多くの著書の中で最も有名な一書である『キリスト教会と旧約聖書』(初出オランダ語1954年、ドイツ語版1955年、日本語版2007年)に、次の言葉が記されている。
「『唯一の正典(een canon)がある』と語られる場合の『正典』(canon)とは旧約聖書のことだけを指すのであり、新約聖書は旧約聖書の言葉の意味を明らかにするために後から追加された巻末用語小辞典(verklarend woordenlijstje)であるということを意味するのだろうか。その場合、『意味を明らかにする』(verklarend)には二つの意味がある。『説明する』(interpreterend)という意味と『公示する』(declaratorisch)という意味である。しかしまた、正典を説明し、公示するための諸文書そのものまでが正典として認められてきたことも明らかである」[1] 。
そしてこの段落には、ファン・ルーラー自身による以下の原注(第三章注65)が付されている。
「第二章注125を参照。ぜひ注目していただきたいのは、カルヴァンがテモテへの手紙二3・17の註解の中で新約聖書のことを『付録』(accessio)と呼んでいること、しかも『説明』(explicatio)と『公示』(exhibitio)という二重の意味でそのように呼んでいることである」[2]。
ファン・ルーラーはこの主張を『キリスト教会と旧約聖書』(初出1954年)の中で初めて披歴したわけではない。たとえば、文献的に確認できる最初期のものとして、1940年4月9日、当時31歳の彼が牧師として働いていたヒルファーサム教会でおこなわれた「現役・引退牧師会」の講演の中の次の発言がある。
「私にとっては、旧約聖書こそが教義の百パーセントの源泉であり、規範である(de volle honderd procent bron en norm van het dogma)。私はこの見方をさらに発展させて次の命題を主張する。キリスト教会においても、旧約聖書こそが本来の聖書である。新約聖書は、言ってみれば、旧約聖書の難解な言葉の意味を明らかにするために後から追加された小辞典(het lijstje met vreemde woorden ter nadere verklaring achterin)にすぎない」[3]。
我々の論点を明確にするために、ファン・ルーラーが述べていることをより端的に言い直す必要があるだろう。キリスト教会にとっての「正典」(canon)は二つではなくて、一つである。もしそうであるならば、旧約聖書こそが本来の「聖書」であり、唯一の「正典」である。なぜならば、「聖書(γραφη)」(テモテ二3・16など)とは旧約聖書のことだけを指していたからである。それに対して新約聖書は、旧約聖書の難解な言葉の意味を明らかにするために、旧約聖書の巻末に後から付け加えられた小辞典にすぎない。ファン・ルーラーは、キリスト教会にとっての旧約聖書と新約聖書の関係をこのように理解し、主張したのである。
ファン・ルーラーのこの主張は、20世紀中盤の教会と神学に衝撃を与えた。そして、多くの人々が彼に批判的に立ち向かった。『キリスト教会と旧約聖書』のドイツ語版がクリスチャン・カイザー出版社[4]からE. ヴォルフ編「福音主義神学論叢」(Beiträge zur evengelischen Theologie)の第23巻として出版されたことによって、ファン・ルーラーの主張は、オランダ国内だけではなく、広く世界的に知られることになった。1971年には『キリスト教会と旧約聖書』の英語版が出版された。英語版の訳者は、カール・バルト『教会教義学』英語版の編訳者でもあるG. W. ブロミリーである。
批判の例を一つだけ挙げておこう。東京神学大学でも教鞭をとったことで知られるアメリカ改革派教会(Reformed Church in America)の神学者であるI. J. ヘッセリンク教授が『キリスト教会と旧約聖書』のドイツ語版を読んだ上で、ファン・ルーラーの主張は「問題である」(questionable)と、1973年の論文に書いている。
「『旧約聖書こそが本来の(eigentlich)聖書であるし、あり続ける』(Die christliche Kirche und das Alte Testament, S.68)という彼の命題は少なくとも問題である。ファン・ルーラーにとって新約聖書は旧約聖書の用語小辞典(explanatory word-list)にすぎないものとみなされている」[5]。
後でも述べるが、このヘッセリンク教授の懸念は理解できないものではない。しかし、私はファン・ルーラーの主張に強い魅力を感じる。彼は新約聖書の存在を否定しているわけではない。特別な意図があって敢えて極端な表現を用いているのである。私が興味を持つのは、ファン・ルーラーの意図は何であるかという点に尽きる。もしその意図が正当なものであれば、表現の極端さや過激さには目をつぶることができる。
そして、本誌『改革派神学』の読者各位にご注目いただきたいことは、ファン・ルーラーの自覚においては、この主張の根拠のうちの少なくとも一部分は、カルヴァンがテモテへの手紙二3章17節(新共同訳「こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです」)について記した言葉にあると考えていた、という点である。
誤解のないよう申し上げておく。ファン・ルーラーが自分の主張を裏づける根拠としてカルヴァンの言葉を引き合いに出していることは事実である。しかしだからといって私は、そのことに基づいてカルヴァンがファン・ルーラーと同じように「新約聖書は旧約聖書の巻末用語小辞典である」というようなことを考えていたと主張したいのではない。カルヴァン自身の意図とファン・ルーラーの解釈とを厳密に区別しなければならないことは承知している。しかしまた、その私は、ファン・ルーラーの意図はカルヴァンの焼き直しをすることではなかったことも承知している。16世紀と20世紀そして21世紀の状況は大きく異なる。20世紀の改革派神学者ファン・ルーラーは、16世紀のカルヴァンから大いに学びつつ、改革派神学の現代的展開の可能性を模索し続けたのである。
本拙論は、あらかじめ三つの問いを想定した上でその問いに答えていくという方法を採る。それは第一に、カルヴァンはこのようなことを本当に書いているのかという問いである。第二に、ファン・ルーラーのこの主張にはどのような神学史的コンテクストがあったのかという問いである。そして第三に「新約聖書は旧約聖書の巻末用語小辞典である」という命題によってファン・ルーラーは何を言おうとしたのか、という問いである。
Ⅰ カルヴァンはこのようなことを本当に書いているのか
第一の問いから取りかかることにしよう。「新約聖書は旧約聖書の付録である」と、カルヴァンはテモテへの手紙二3・17の註解で、このようなことを本当に書いているのだろうか。実際に調べてみると、カルヴァンはファン・ルーラーが紹介しているとおりのことを書いていることが分かる。以下、拙訳で引用する。
「神に仕える人は完全になる(Ut integer sit)。ここで完全(integer)とは欠点が見当たらない非の打ちどころのない人を意味する。なぜならパウロは、聖書は人が完全になるために十分な書物であると主張しているからである。聖書に満足しない人は、自分の身の丈や願いよりも賢くなりたがっているのである。しかし、このように書くと次のような反論を受ける。パウロが聖書と書いているのは旧約聖書のことである。それなのに、聖書が人を完全にすると彼が言うのはどういうわけか。もしそうなら、使徒たちが後から追加した思想はなんと無駄なものだったのか、と。私は次のように答える。本質的に考えれば旧約聖書には何も追加されていない(quantum ad substantiam spectat, nihil fuisse additum)。なぜなら、使徒たちが記しているのは律法と預言者についての単純素朴な説明(explicatio)であり、公示(exhibitio)だからである。パウロが述べている聖書への賛辞はなんら不適切ではない。福音が追加されたこと(evangelii accessione)によって聖書の教えがもっと明瞭に表現できるようになったことを考えるなら、我々がすすんで聖書から試みを受け、それを誠実に受けとめるならば、パウロが述べている聖書の有益さはますます明らかになるだろうということに我々は確かな希望を持つべきであるということ以外に、何を言うことができるだろうか」[6]。
しかし、我々にとっての問題は、このカルヴァンの言葉はファン・ルーラーが解釈したような意味を持ちうるのかという点にあるだろう。たしかにカルヴァンは「追加」という意味の「付録」(accesio)という語を用いている。しかし、日本語で言う「つけたり」、「おまけ」、「そえもの」といったネガティヴなニュアンスは、ほとんど見当たらない。
ところが、ファン・ルーラーは、「新約聖書は旧約聖書のaccesioに過ぎない(niet meer...dan)」と強調表現を用いることによって、accesioにネガティヴなニュアンスを与えてしまっている。この点はカルヴァンの意図とは明らかに異なる。また、「旧約聖書こそが本来の(eigenlijke)聖書である」と語ることによって、新約聖書のほうは、まるで「非本来的な(niet-eigenlijke)聖書」であるかのように誤解させてしまう危険を冒している。
ヘッセリンク教授の懸念は、このあたりのファン・ルーラーの“舌禍”を心配するものであったと言えるだろう。神学もまた、人間の言語によって書かれ、語られるものである以上、この種の心配や配慮をしないわけには行かないことは確かである。
Ⅱ ファン・ルーラーの主張の神学史的コンテクストは何か
第二の問いに進もう。ファン・ルーラーは、なぜ「新約聖書は旧約聖書の付録である」というようなことを主張したのだろうか。この問いの答えとしては、彼の意図は当時の神学的流行への強い批判であったと言える。『キリスト教会と旧約聖書』を読めばそれが分かる。
1)マルティン・ノート監修『旧約聖書注解』に対する批判として
ファン・ルーラーが『キリスト教会と旧約聖書』のドイツ語版(ヘルマン・ケラー訳)を出版したのは1955年である。しかし、本書のベースは、ドイツ語版出版の前年、1954年4月22日にオランダのドリーベルヘンで開催された神学者会議において3回(計3時間)にわたって発表された研究報告書(Referaat)であった。
会議では、ファン・ルーラーによる研究発表の後、グループ別協議と全体協議とが行われた[7]。その会議の開催目的までは分からない。しかし、状況証拠から推察しうる一つの可能性は、結果として1956年から刊行されることになったマルティン・ノート監修『旧約聖書注解』(Biblischer Kommentar Altes Testament)シリーズが刊行されることそれ自体についての賛否を問う会議だったのではないかということである。
その『旧約聖書注解』シリーズの執筆者は、C. ヴェスターマン、H. W. ヴォルフ、H. J.クラウス、G. フォン・ラート、W. ツィンメルリといった錚々たる旧約聖書学者であった。しかし、彼らの釈義方法に対して、組織神学者ファン・ルーラーは強い批判を抱いていた。その思いが『キリスト教会と旧約聖書』のドイツ語版「序文」(これはオランダ語版には無い部分である)に、以下のような言葉で記されている。
「以下の研究はこの対話に対する教義学の側からの貢献として意図されている。『聖書注解』の出版に当たって、私は狭い意味での組織神学の諸見解に対する危険な影響を恐れている」[8]。
これで分かることは、ファン・ルーラーが本書ドイツ語版を出版するに至った最も根本的な動機は、M. ノート監修『旧約聖書注解』(BKAT)の刊行がもたらす「狭義の組織神学的視点への悪影響」(die gefährlichen Auswirkungen zu enger systematisch-theologischer Gesichtspunkte)に対する懸念とその理由の表明だったということである。
なぜ組織神学者ファン・ルーラーが聖書神学の分野に干渉しているのだろうか。それは彼の職務の性格に関係していたと考えられる。ファン・ルーラーはユトレヒト大学神学部の「オランダ改革派教会担当教授」[9]だった。この職務に彼はオランダ改革派教会の大会の選挙によって任命された。ファン・ルーラーが担当した教科は狭義の組織神学(教義学、倫理学、弁証学)だけではなく、旧約聖書神学、オランダ教会史、信条学、礼拝学、宣教学、教会規程と幅広いものだった。その職務に要求されたのは「組織神学か聖書神学か」という(不毛な)対立図式を克服することができるだけの、神学全体をトータルに把握する力であったと言えるだろう。
ファン・ルーラーが旧約聖書神学にどれほど通暁していたか、またそのことが当時の人々にどれほど知られていたかを垣間見られる例としては、聖書学では著名な論文集『旧約聖書解釈学の諸問題』(Probleme Alttestamentliche Hermeneutik, 1960、英訳1963年)の中で、スイス人J. J. スタムとオランダ人Th. C. フリーゼンという二人の旧約聖書学者がファン・ルーラーの見解を取り上げた論文を書いていることなどを挙げることができる。
2)旧約聖書の予型論的解釈に対する批判として
『キリスト教会と旧約聖書』の目次は以下のとおり[10]。
序
第一章 ありのままの旧約聖書とその釈義
第二章 ありのままの旧約聖書がキリストをすでに見ているか
第三章 キリスト教会における旧約聖書の必要性
序の冒頭でファン・ルーラーは「キリスト教会は旧約聖書をどのように評価すべきであり、また、どのように取り扱うべきだろうか」と問うている。そして、「この問いにおいては、神学の基本姿勢が問われている。神学の基本姿勢は旧約聖書に対する我々の態度を決定するが、また同時に、旧約聖書に対する姿勢が我々の神学的立場を決定する」[11]と述べている。
そして、これも序に書いていることであるが、旧約聖書と新約聖書やキリスト教会との関係について考えることの難しさについて、ファン・ルーラーは次のように述べている。「この問題は途方もなく難しいものなのだと、陽気に自分を慰めていればよいのであって、安易な解決を求めようとするべきではないのである」[12]。「私見を言わせていただけば、どの形のキリスト教会も、改革派教会でさえも、キリスト教的状況において旧約聖書をもって神が何を願っておられるのかについて、また教会自身が旧約聖書をどのように考え、扱うべきなのかということについて何の結論も出せていないのである」[13]。
そして、「神学の基本姿勢」との関係で旧約聖書に対する評価方法を列挙している。
第一は、旧約聖書を無価値とみなす例である(シュライアーマッハー、ヒルシュ)。
第二は、オランダ語版テキストにはなくドイツ語版で挿入された部分であるが、旧約聖書は「退落史」(Geschichte des Scheiterns)であるとするブルトマンの立場である。
第三は(オランダ語版では「第二」)、旧約聖書と異教、哲学、神秘主義、思弁を同列視したうえで、キリストにおける「最高の」啓示への準備であるとみなす立場である(アレクサンドリアのクレメンスからF. ハイラーまで)。
第四は、新約聖書の「歴史的な」意味を理解するために旧約聖書が不可欠だと考える立場である(E. ゼリン)。
第五は、旧約聖書は「神認識と敬虔をくみあげることができる独立した源泉」(zelfstandige bron van Godskennis en vroomheid)として現代人へのメッセージが鳴り響いているゆえに、キリスト教神学においても十分に神学的に評価されるべきとする立場である。これはルター派的「律法と福音の弁証法」に規定されていない人々の立場であると、ファン・ルーラーは説明している。
第六は、ローマ教会の立場である。ファン・ルーラーによるとそれは「旧約聖書はキリストと教会において開示された超自然的なキリスト教的な救いの、地上における摂理的準備」であるとする見方である。
第七が、ファン・ルーラーによるとM, ノート監修『旧約聖書注解』の共同執筆者の立場であるが、旧約聖書の「予型論的解釈」(typologische interpretatie)である。
第八は、「寓喩的解釈」(allegorische interpretatie)である。
第九は、旧約聖書に直接的で完全な妥当性を求める立場である。土曜の夜に安息を祝い、父が息子のために花嫁を探し、息子に割礼を施すなど。ファン・ルーラーはこの立場を「セクト的」と呼び、16世紀ミュンスターの再洗礼派の例を挙げている。
そして第十が「救済史的立場」(heilshistorische stundpunt)である。ファン・ルーラーは「これが常識的に改革派教会の答えである」とし、旧約聖書を「昇ったり降りたりしながら透明性と豊かさを得ていく啓示の前進のプロセスの一段階ないし諸段階」であるとみなす立場として紹介し、この立場の神学者としてG. C. ベルカウワー、P. J. ロスカム・アービンク、Th. L. ハイチェマらを挙げている。
いま、旧約聖書の評価方法についての諸説をいくらか詳細に紹介した理由は、ファン・ルーラーが挙げた10の立場(オランダ語版では9つ)の中で彼にとって最も問題だったのは「予型論的解釈」であったという点を指摘したいと考えているからである。
この点がはっきりすれば、私は結論を早めることができる。ファン・ルーラーが『キリスト教会と旧約聖書』で最も問題にしたのは「予型論的解釈」であった。その立場を批判することが本書の執筆ならびに(特にドイツ語版の)出版の動機であった。そして、その批判の語気を強めるために飛び出したのが、「新約聖書は旧約聖書の巻末用語小辞典である」という衝撃的な命題であった。しかし、その命題はファン・ルーラーの自覚においてはカルヴァンの線に沿った聖書解釈の立場を指していた。
「予型論的解釈」以外にもう一つ、「寓喩的解釈」に対してもファン・ルーラーはかなり厳しい態度をとっている。しかし、「寓喩という方法(allegorische methode)は、そもそも方法(methode)の名に値しない、恣意的な方法である」[14]と、にべもない。
3)カール・バルトの教義学に対する批判として
それでは、ファン・ルーラーは旧約聖書の「予型論的解釈」のどこが問題であると考えていたのだろうか。この問いに答える前に「予型論的解釈とは何か」という問いに答える必要があるが、それは非常に難しいことのように思える。彼の説明によると、「予型論においては一方の過去の歴史的ファクタと他方の将来の歴史的ファクタとを相互関係的に措定することが強調される」とか「過去と将来との歴史的ファクタは、いずれも神の偶発的な自己提示として理解される」とか「過去の出来事と将来の出来事は終末論的に関係づけられる」[15]などとなる。
しかし、その「予型論的解釈」の問題点をファン・ルーラーが指摘している内容は、私には非常によく理解できる。次のように書いている。
「旧約聖書の予型論的解釈は、暗黙のキリスト教的伝統、そしてカール・バルトが教義学において展開した『イエス・キリストこそがイスラエルの民と共に歩まれる神の最終目標(das letzte Ziel des Weges Gottes)である』という考え方に無批判に導かれてしまっている。しかし、イスラエルの民と共に歩まれる神の最終目標が、はたして本当にイエス・キリストなのだろうか。実はそうではなくて、イエス・キリストの(父なる)神は、イスラエルを目指しておられるのではないだろうか。同じように次のように問うこともできる。地上の諸国民の神にとっての最終目標はイスラエル建国なのだろうか。実はそうではなくてイスラエルの神が地上の諸国を打ち立てることを目指しておられるのではないだろうか。しかし、ここまで問うならば最後の最後まで問うべきである。創造者なる神の最終目標が果たして本当に恩恵や契約や救いといったものなのだろうか。実はそうではなくて、神の救いのみわざの最終目標は被造物が神の御前に存在すること、ただそれだけではないだろうか」[16]。
これで分かることは、ファン・ルーラーが『キリスト教会と旧約聖書』において本当に問題にしたことは、M. ノート監修『旧約聖書注解』の刊行そのものであるとか、そのシリーズの共同執筆者たちの釈義的な立場である「予型論的解釈」そのものであるというよりも、むしろ表面的には聖書神学的な外観を持つ彼らの立場の背後に潜んでいるカール・バルトの組織神学的・教義学的な立場が及ぼす悪影響であったということである。
4)「キリストにあること(in Christ)への一極集中」に対する批判として
しかし、まだ大きな問題が残っている。序で述べたように、ファン・ルーラーの「新約聖書は旧約聖書の巻末用語小辞典である」という主張は、『キリスト教会と旧約聖書』(初出1954年)において初めて披歴したものではなく、すでに1940年には文献的に確認できる主張であった。このことを考え合わせれば、この主張の動機を『キリスト教会と旧約聖書』から読みとるだけでは不十分であることは認めざるをえない。論証をより確かなものにするためには、1940年代のファン・ルーラーがこの命題を主張したときの動機はどのようなものだったかを調査する必要があるだろう。
本拙論の序で紹介した1940年4月9日の「現役・引退牧師会」の講演は、同年1月にクバート教会の牧師職を辞職してヒルファーサム教会に転任した直後におこなわれたものである。この事情を勘案すれば、ファン・ルーラーが「新約聖書は旧約聖書の巻末用語小辞典に過ぎない」という主張に辿りついたのは、ヒルファーサム教会に転任する前にクバート教会の牧師として働いていた1933年11月から1940年1月までの間であると考えることは不可能ではない。そして、たとえば、クバート教会牧師時代のファン・ルーラーがカール・バルトの神学に対してどのような態度を示していたかということなどが分かるとしたら、この問題の解決の糸口くらいにはなるだろう。
実を言うと、この件に関しては、ファン・ルーラー自身の重要な証言が遺されている。その内容は、彼はクバート教会で働いていた頃にバルトの神学に「躊躇」(aarzelingen)を覚えるようになったというものである。
「フリースラントの牧師館〔クバート教会の牧師館のこと〕にいた頃に、バルトに躊躇を覚えるようになりました。はじめは教会と国家に関することでした。フーデマーカーとバルトは手を組むことができない関係にあることが分かってしまったのです。この点で教師ハイチェマを理解できなくなってしまいました。また、旧約聖書に対するバルトの評価にも躊躇を覚えました。バルトは旧約聖書に対して“遺棄の鏡”という評価しか与えようとしなかったのです。私の考えでは、旧約聖書はセオクラシー(神政政治)の象徴であり、山の上で我々に教え続けているものです。そして、バルトの幼児洗礼否定論にも躊躇を覚えました。そのあたりから始まって、バルトのすべてに躊躇を覚えました。歴史というものに対する彼の評価についても、国家がキリスト教化されていく際にたどる宣教論的なプロセスに対する評価についても、そうでした。さらに、バルトが世界というものを神の恵みの契約がその上で役を演じるための舞台(Bühne)としてしか評価しようとしないことにも躊躇を覚えました。まとめていえば、バルトがキリストとの関係(in Christ)という一点にありとあらゆることを集中させてしまうことに躊躇を覚えました」[17]。
我々は「躊躇」(aarzelingen)と「暗黙の批判」(impliciete kritiek)との違いを厳密に区別する必要があるだろうか。ディルク・ファン・ケウレンはこの二つの語の違いに着目した上で、1930年代から1940年代までの間、オランダ改革派教会(Nederlandse Hervormde kerk)の牧師職に就いていた頃のファン・ルーラーがカール・バルトの神学から徐々に距離を置くようになる経緯を丁寧に描いている[18]。
Ⅲ ファン・ルーラーの真意は何か
これまで見てきたことは、ファン・ルーラーが「新約聖書は旧約聖書の巻末用語小辞典に過ぎない」と発言したときの神学史的コンテクストはどのようなものだったのかということである。そして、彼にとっては最終的にはカール・バルトの神学が問題であったという点にまで辿りついた。ファン・ルーラー自身の証言によると、すでに1930年代から、バルトの「旧約聖書に対する(低い)評価」が、バルトの神学全体に対して彼を躊躇させる理由になっていた。
なぜファン・ルーラーは、カール・バルトの悪影響を嫌ったのだろうか。前節で垣間見たように、彼はバルトの神学を部分的にというよりもトータルに批判していた。それゆえ、この問題に踏み込みはじめると本拙論の範囲を大きく超えることになるので、自重しよう。
最後に、ファン・ルーラー自身がおそらく最も正しい旧約聖書の取り扱い方であるとみなしていたと思われる立場を紹介しておこう。『キリスト教会と旧約聖書』の中に次の言葉が見つかる。
「旧約聖書はヒューマニティーにあふれる一書である!この視点は、旧約聖書の予型論的な釈義にとっても非常に重要である!我々が旧約聖書を釈義して説教しなければならないときは、徹底的に、何度も繰り返し、そのたびに新鮮な思いをもって、旧約聖書のテキストそのものから出発しなければならないのである。『キリストのご登場を急かすこと』(was Christum treibet)ばかりをしてはならない。我々はイエス・キリストの福音を、旧約聖書の解釈にとっての唯一の評価規準のようなものとして、あるいは唯一の解釈学上の鍵のようなものとして、とらえてはならないのである」[19]。
ファン・ルーラーが言いたかったことは、実は単純明快なことである。要するに、テキストに密着することが重要であると言っているだけである。このことはすべての学問に通じる態度だろう。旧約聖書のテキストに書いていないことを不当に読み込んだり、書いていることの歴史性や事実性を不当に捨象したりする態度を戒めることが、彼の“問題発言”の意図であった、というのが本拙論の結論である。
結語にかえて
以上の拙論は、第21回日本カルヴァン研究会(2012年6月25日、於青山学院大学)における研究発表のレジュメをもとに、大幅に加筆修正したものである。加筆修正の際には、研究会での質疑応答の内容をできるだけ踏まえた。
また、日本カルヴァン研究会に出席できなかった数名の方から「レジュメを読みたい」という要望をいただいたのでお応えした。その中で、私の恩師でもある新約聖書学者の川村輝典先生から貴重なご意見をいただくことができた。結語にかえて、恩師の言葉を紹介させていただくことをお許しいただきたい。
「ところで、ご発表なさいましたファン・ルーラーの旧約聖書についての言葉についてですが、これは最近の新約聖書学会の一つの方向と一致するもので、大変興味深く読ませて頂きました。
国際新約聖書学会(Studiorum Novi Testamenti Societas) 大会に出席しなくなってから大分たちますので、極めて最近の様子は分かりませんが、私が参加した2001年度から2005年度の頃の状況を申し上げますと、4日間の日程の中で、大講演、中講演、小講演、個人研究発表の他、3日間に亘って、部門別のセミナーが3時間ずつ行なわれましたが、その種類は、史的イエス、パウロ神学、ヨハネ神学といったものの他に、Inhalte und Probleme einer neutestamentlichen Theologie を含め、全部で12ほどあり、私はこれに数回参加したのですが、ここでは『旧・新約聖書を貫く全聖書的神学』ということが盛んに主張されました。
日本の新約学会などでは、旧約聖書と新約聖書とを全く別な文書として扱うのが正しく、O.クルマンのような、救済史的方法などというのは邪道である、という考え方が強くありましたので、最初はいささか異様に思いましたが、決して最初からある理論に支配されるのではなく、両約聖書を丹念に比較しつつ、その関係を追求して行くというもので、次第にその主張に共鳴できるようになり、またこのような立場に立つ学者が、ただ保守的な立場の人だけではなく、批判的な立場の人が多いことを知りました。
私は、神学校時代以来、ヘブライ人への手紙の勉強を続けておりますが、この書が礼拝において語られたものであること、そしてFr. Schröger によれば、本書の著者はSchriftausleger すなわち、旧約聖書の解釈者であることを知らされ、LXX を媒介としてではありますが、旧約聖書を抜きにしては、新約聖書は存在しなかったということを大事に思いつつ勉強を続けております。
初代教会にとっての聖書が旧約聖書(LXX)のみであったということは、きわめて大事な点ではないでしょうか」[20]。
注
[1] A. A. van Ruler, ‘De christelijke kerk en het Oude Testament’, in: Dr. A. A. van Ruler Verzameld Werk (以下VWと略), deel 2, Openbaring en Heilige Schrift, bezorgd door Dr. D. van Keulen, Uitgeverij Boekencentrum, Zoetermeer, 2008, p.475. なお、本書には日本語版(ドイツ語版からの重訳)がある。矢澤励太訳『キリスト教会と旧約聖書』教文館、2007年(以下「日本語版」と略)。この引用個所は、日本語版91ページ以下を参照。
[2] A. A. van Ruler, Id. 日本語版178ページ参照。
[3] A. A. van Ruler, ‘De waarde van het Oude Testament I’, in: VW, deel 2, p. 385.
[4] クリスチャン・カイザー出版社(ミュンヘン)は、『ルター全集』、『カルヴァン選集』、そしてカール・バルト著『ローマ書講解』第二版などの出版で知られるドイツのキリスト教出版社である。
[5] I. John Hesselink, ‘Contemporary Protestant Dutch Theology’, Reformed Review, XXVI, No. 2 (Winter, 1973), P.85-86. このヘッセリンク教授の論文の日本語版の全文は、東京神学大学神学会編『キリスト教組織神学事典(増補版)』(教文館、1983年)の109~128ページにある。この事典の中は日本語訳者の氏名は明示されていないが、近藤勝彦氏の訳であることを、氏自身が以下の著書の中で明かしている。近藤勝彦『二十世紀の主要な神学者たち 私は彼らからどのように学び、何を批判しているか』教文館、2011年、156ページ。
[6] カルヴァンのテモテへの手紙二の註解書(ラテン語版)の当該個所の全文は以下のとおり。日本語版(波木井純一訳)は未刊である。Ut integer sit. Integer pro absoluto capitur, in quo nihil sit mutilum. Simpliciter enim asserit scripturam ad perfectionem sufficere. Ergo quisquis scriptura contentus non est, plus sapere expetit quam oporteat vel expediat. Verum hic obiicitur quaestio : quum Paulus de scriptura loquatur, quae censetur sub nomine veteris testamenti, quomodo ea dicatur hominem omni ex parte absolvere. Nam si ita est,videtur esse supervacuum quidquid deinde per apostolom accessit. Respondeo, quantum ad substantian spectat, nihil fuisse additum. Nihil enim continent apostolorum scripta quam meram ac germanam Paulus ornavit: et quum hodie plenior sit et luculentior evangelii accessione eius doctrina, quid dici potest, nisi cerlo sperandum ut multo magis se exserat ista utilitas quam Paulus praedicat, si nobis ipsam experiri libeat ac percipere? (Corpus Reformatorum Volumen LXXX, Ioannis Calvini Opera Quae Supersunt Omnia, Volumen LII, p. 384. 訳出に際して英語版(Willam Pringle訳)を参照した。
[7] Vgl. A. A. van Ruler, VW, deel 2, p. 478.
[8] A. A. van Ruler, Die Christliche Kirche und das Alte Testament, Beiträge zur evengelischen Theologie, Theologische Abhandlungen, herausgegeben von E. Wolf, Band 23, Chr. Kaiser verlag München, 1955, S. 5. オランダ語版には無いドイツ語版の「序」の部分は、日本語版4ページから引用させていただいた。
[9] Hoogleraar vanwege de Nederlandse Hervormde Kerk.
[10] 序および各章の原タイトルは以下のとおり。
Inleiding
1. Het Oude Testament op zichzelf en exegese
2. Ziet het Oude Testament zelf reeds de Christus?
3. De noodzakelijkheid van het Oude Testament voor de christelijke kerk
[11] A. A. van Ruler, VW, deel 2, p.418. 日本語版9ページ参照。
[12] A. A. van Ruler, Id. p.419. 日本語版11ページ参照。
[13] A. A. van Ruler, Id. p.419. 日本語版11ページ参照。
[14] A. A. van Ruler, Id. p.451. 日本語版54ページ参照。
[15] A. A. van Ruler, Id. p.454. 日本語版61ページ以下参照。
[16] A. A. van Ruler, Id. p.457-458. 日本語版64ページ。さらに日本基督教団改革長老教会協議会発行『季刊 教会』第81号(2010年冬季号)34ページ参照。
[17] ファン・ルーラーのこの証言はG. Puchinger, Hervormd-gereformeerd, een of gescheiden?, Delft 1969, 356.に収録されているが、本拙論では以下の論文から再引用した。Dirk van Keulen, ‘Van ‘His master’s voice’ naar respectvolle kritiek A. A. van Rulers verhouding tot de theologie van Karl Barth.’In: Men moet telkens opnieuw de reuzenzwaai aan de rekstok maken, Verder met Van Ruler, Uitgeverij Boekencentrum, Zoetermeer, 2009, 101-102. (ディルク・ファン・ケウレン「『主人の声』から敬意を込めた批判へ――A. A. ファン・ルーラーとカール・バルトの神学との関係――」(関口康訳)。この拙訳は、日本基督教団改革長老教会協議会発行『季刊 教会』の第79号と第81号に連載された。
[18] ディルク・ファン・ケウレン、同上論文、関口康訳、『季刊 教会』第79号、62ページ以下。
[19] A. A. van Ruler, Id. 461. 日本語版69ページ参照。
[20] 川村輝典先生からの私信(2012年7月5日、電子メール)からの引用。川村先生の承諾は得ている。
(小論(研究ノート)、『改革派神学』第39号、神戸改革派神学校、2012年10月1日発行、95-109頁)